「旅のかたち」が様変わりし始めました。スケジュールを急ぎ足でこなすような慌ただしい「ツアー」に代わって、現地に住まうかのように、過ぎゆく時間そのものを味わう「ステイ」が静かに支持を広げています。そんな穏やかで伸びやかな旅暮らしに浸れる宿が京都市の二条城近くにたたずむスモールラグジュアリーホテルの「MOGANA(モガナ)」。今回、滞在して、奥深い魅力に触れることができたので、2回に分けてリポートしていきます。
◆伝統×未来のハイブリッド ランウェイ気分の「ウナギの寝床」
「MOGANA」の建物は、ブラックの外壁がクールな風情を醸し出す、アーバンでスタイリッシュな外観です。日本を代表する建築家の安藤忠雄氏に師事した、同じく世界的な建築家・山口隆氏が設計とデザインを手がけました。京都出身の山口氏は、ホテルの随所に京都的なイメージを巧みに写し込んでいます。その一例が「ウナギの寝床」。1階のレセプションを過ぎて、奥へ進むと、入り口から38mも続く長い廊下に導かれます。これは京都の家屋に特有の、間口が狭くて、奥行きが深い「ウナギの寝床」構造を再現した、秀逸なデザインです。
廊下の床面は、畳のように編んだ、特製のステンレス張り。材質は金属製なのに、どこか柔らかい踏み心地にいざなわれて、客室フロアにつながる、突き当たりのエレベーターへ。廊下の壁にはウッドが格子状にあしらわれていて、床のメタリック感との不思議なハイブリッドムードを生んでいます。実際に歩いてみると、まるでファッションショーのランウェイのような気分に。体験したことのない動線感覚にワクワクした気持ちを募らせながら、いよいよお部屋に向かいます。
◆安全・快適に「おこもり」 伸びやかで落ち着いた時間
スモールラグジュアリーホテルだけに、部屋数は全部で23室、客室フロアは最上階の8階までと、プライベート感が濃いこしらえです。大勢の泊まり客が集まる大浴場やお座敷はないので、ソーシャルディスタンシングの面で安心感が高くなっています。一方、2階には長さ8mの御影石カウンターを備えた、本格的なバーがあり、夜更けの1杯を静かに味わえます。先にご紹介した長い廊下の途中にはライブラリーも用意されています。
客室にはそれぞれに凝った意匠が施されていて、部屋ごもりを楽しめます。とりわけ、6~8階に1室ずつ、計3室だけ設けられた「MOGANA ROOM」は特別感が高いしつらえ。たとえば、8階の「MOGANA BLACK」の床は黒御影石。テーブルもピアノブラック加工が施されていて、つやめきを帯びています。
私が滞在した部屋は、四季の緑が目を和ませる坪庭が見える、6階の「MOGANA GARDEN」。8階まで吹き抜けの坪庭スペースから光が差し込んでくる、開放感の高い空間。「MOGANA ROOM」はいずれも坪庭に面していて、季節のうつろいを植栽から感じ取れます。
大理石張りの浴槽は広々としていて、伸びやかな気分でお風呂タイムを過ごせます。お風呂に浸かりながらでも坪庭が見える造りになっているので、さらにくつろいだ気持ちに。置物や装飾は3室それぞれに異なっていて、この部屋には盆栽が置かれていました。細部にまで工夫が施されているから、室内で「インテリア探検」が楽しめます。テレビがないのも、リトリート(隠れ家、静養)感に誘われる理由。備え付けのオーディオからは心地よい音楽が流れてきて、気持ちが自然とほどけていくのを感じます。
◆おしゃれ心をときめかせる「ファッション、ビューティ、インテリア」
部屋で過ごす時間を、さらに趣深く彩ってくれるのは、泊まり客用の部屋着やアメニティー。しんなりと体になじむ部屋着をデザインしたのは、工芸都市・金沢のプロダクトデザイナー・原嶋亮輔氏。作務衣ライクな和風のウエアは着心地が抜群。肌に張り付かない生地の風合いおおかげで、サラッと着られます。楽ちんなオーバーサイズなのに、小粋に映る仕立てが何とも素敵で、自分用に買って帰ろうかと、まじめに考えたほどです。
寝心地絶佳のベッドはもちろん、照明器具やカトラリー・茶器類など、インテリア、什器はいずれもオーナー夫妻の目利きが行き届いていて、そのこだわりの深さに圧倒されるばかり。一つぐらいありきたりの品はないものかと、部屋中を探し回っても見付からず、ほとほと感服しました。
たとえば、ドレッサーに置かれたうがいコップは福井県発の「MOHEIM(モヘイム)」、ドライヤーは英国の「dyson(ダイソン)」。東京コレクションの看板的なブランド「matohu(まとふ)」の下駄とクッション、さらに歯ブラシも用意されています。歯磨きペーストは31種類のフレーバーが用意された「BREATHPALETTE(ブレスパレット)」の17番「京風抹茶」。「今治謹製」のフェイスタオルは至福の肌触り。ドレッシングスペースだけでもこれほどだから、部屋全体を細かく見ていけばきりがないぐらいのこだわりと審美眼が注ぎ込まれています。
そして、極めつけはアメニティーです。何と「SHIGETA PARIS(シゲタ)」。見た瞬間、感激しました。こちらはとても面白いエピソードがあるので、後編で詳しくご紹介します。
チェックインの際に対応してくださったスタッフさんが着ていたユニフォームは、私が見たところ、「ISSEI MIYAKE(イッセイミヤケ)」のデザインだと思われます(ホテル側は非公表)。先に挙げた部屋着や下駄を含め、随所にファッション的な配慮が行き届いていて、おしゃれゴコロをくすぐられました。
◆「街中ディナー」の後は、金箔バーで大人時間
いろいろな点で旧来のホテルや旅館の常識を覆している「MOGANA」。食事の提供スタイルも斬新です。通常の旅館は夕食と朝食をセットで提供。ホテルも館内レストランでの食事に誘います。でも、「MOGANA」では夕食はホテルの外で楽しんでもらうことを基本にしています。「京都にはいくらでもおいしい料理が街にあるから、お好みの食事を味わってほしい」というのが「MOGANA」のスタンスだそうです。
確かに京都では食事の選択肢が豊かなので、散歩を兼ねて、美食を楽しめば、旅の記憶がいっそう味わい深くなりそう。夕食の時間帯が固定されないおかげで、時間の融通が利きやすくなるのは、時間を有効に生かしたい人には、とてもありがたいことでもあります。部屋に料理を運んでもらうプランも選べるので(要予約)、部屋ごもりをじっくり満喫したいという要望もかなえられます。
滞在した日は、あらかじめ調べて予約していった割烹料理屋さんで夕飯を堪能した後、ホテルに戻って、2階のバー「MOGANA BAR」で一杯。8mの御影石カウンターに腰掛け、24金の金箔が張られた天井を眺めながら、まるでアートギャラリーで飲んでいるような気分に浸りました。この金箔は本場・金沢の専門職人が張ったものです。女優マリリン・モンローが愛した「Piper Heidsieck(パイパー・エドシック)」をはじめ、極上のシャンパーニュがそろっているのもうれしいところ。自らもてなしてくれた支配人の河合俊雄さんから、ホテルにまつわるエピソードをうかがいつつ、夜更けのひとときを過ごしました。
◆目と舌がよろこぶ 美意識際立つ「淡路仕込みの朝ごはん」
楽しみは翌朝にも続きます。「MOGANA」は朝食が素晴らしいと評判で、「前日にどんな美食を堪能したとしても、絶対にいくらかお腹の余裕を残しておいて」と、既に泊まった人から聞かされていました。部屋出しの朝食で、量がかなりしっかりあり、朝から元気になれそうなメニューです。
贅沢な朝餉(あさげ)のメインは、たくさんのおかずを大皿に盛り込んだ「fukiyose(吹き寄せ)」。散った花や葉っぱを、風が1カ所に吹き集めた、庭の景色に見立てた、和の情趣が漂う献立です。朝ご飯を通して、日本の美意識を感じ取れるという体験は「MOGANAに泊まってよかった」と思える瞬間でもあります。
野菜好きの私にとっては、野菜スムージーから始まる、野菜たっぷりの献立にうっとり。「れんこんチップス」「紫キャベツのラペ」「トマトのファルシ」「ポム(ジャガイモ)フリット」「ズッキーニのマリネ」「野菜グリル」――。味付けも様々な多彩な野菜アレンジに朝からウキウキ。
もちろん、野菜以外の食材も盛りだくさん。京都で絶大な人気という「吉田パン工房」のパン盛り合わせと、こちらも京都発の「AMANO COFFEE ROASTERS(アマノコーヒー ロースターズ)」のコーヒーも貴重な京都の味わい。和洋のいいとこ取り感覚の朝食から、しっかりパワーをもらえました。
実は朝食の食材にも、オーナー夫妻にまつわる、興味深いいわれがあります。こちらも次回のお楽しみに。
◆たくさんの「もがな」を実現 3つ星の先へ進化
2018年12月にオープンした「MOGANA」は開業からわずか10カ月で『ミシュランガイド2020 京都版』のホテル部門で3つ星を獲得しました。既にリピーターも増えていて、まるで住むように訪れる常連のゲストも。そうした人気を受けて、8月からスタートさせた会員制サービスが「MOGANA members(モガナメンバーズ)」です。「日常の延長」として立ち寄り、もう一つの住まいのように「MOGANA」とつきあえる仕組み。自分らしいデュアルライフをサポートしてもらえる「MOGANA members」に関しては随時、新しい情報が発表される見込みです。
「MOGANA」で過ごして感じたのは、体の内側から健やかになるような、ポジティブでヘルシーな気分です。部屋風呂にのんびり浸かり、インテリアや、趣深い朝食を楽しむ――。そういう時間を過ごすうちに、自然とデトックスされた気持ちになります。不安の多い時代だからこそ、穏やかな心持ちで過ごせる「丁寧な時間」には、「自分を取り戻す」という意味が大きいと感じました。
「MOGANA」という名前は、古語の終助詞「~もがな」に由来します。「お客様にとって唯一の場所でありたい」「『ホテル』という概念にとらわれない新しい価値を創造する場所でありたい」という想いが込められているそうです。開業から2年に満たない時点で、既に多くの「もがな」を実現してみせた「MOGANA」は、むしろ多くの旅人が抱いていた「こんな宿があってくれればいいのに」という願いを「形」にしてくれた存在のように思えます。
◆話題スポットや名所に近い好立地 徒歩圏に見どころが点在
JR京都駅からタクシーで10分程度と近いのに加え、錦市場や先斗町にもそぞろ歩きで出掛けられるという好立地です。最寄り駅の京都市営地下鉄「烏丸御池」「二条城前」駅からは、どちらも歩いて10分以内という、アクセスのよさ。でも、大通りからは1本入っているので、街中の喧噪とは無縁の落ち着いたエリアです。
ホテルの周りには、カヌレとコーヒーで人気のカフェ「here」や、老舗甘味処の和カフェ「うめぞの CAFE & GALLERY」など、和洋のカフェが点在しています。観光の面でも、すぐそばの二条城をはじめ、漫画・アニメ好きの聖地「京都国際マンガミュージアム」や、生け花発祥の地という紫雲山頂法寺(六角堂)など、巡りたいスポットが徒歩圏内にいっぱい。かつての電話局をリノベーションした、話題の複合施設「新風館」にも歩いて行けます。友禅染めを学べる「京友禅体験工房 丸益西村屋」はホテルから徒歩1分の近さ。泊まり先の近場を訪ねる「マイクロツーリズム」もしっかり楽しめます。
次回のパート2は、創業者でオーナーである繁田ご夫妻の独占インタビュー記事です。どうして「MOGANA」を作ろうと思ったのか、どうしてこんなにこだわりが多いのかなど、これまで明かされてこなかった貴重なストーリーをたくさん詰め込んだロングインタビュー形式でご紹介します。
MOGANA
https://yadomogana.com/
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ホテル京都「MOGANA(モガナ)」の奥深い魅力 part2 オーナーご夫妻へ独占インタビュー
https://riemiyata.com/travel/45025/