日本初のパーソナルスタイリストであり、延べ2万人ものスタイリングを手掛けた政近準子さんの著書『服は、あなた。』(マイナビ出版刊)が話題を集めています。これまでに何冊もおしゃれの手ほどき本を書いてきた政近さんですが、今回はちょっと切り口が違っている点も広く関心を集める理由。それはありきたりの着こなしアドバイスではなく、「服」を通して人生や暮らし方をブラッシュアップするうえでの「気づき」がもらえるところにあります。
全体を通して示されているのは、「丁寧に生きる」という意識。身の丈に合った暮らしぶりや、すがすがしいまでの自立が提案されていて、外側(=服)だけではなく、内側(=自分)のスタイリングを指南してもらえます。ファッションに関する仕事をしていると、「見栄えばかり気にして」といった誤解や偏見を受けることがあります。でも、政近さんのまなざしはもっと鋭く深い。実在しない「モテ服」「愛され服」に踊らされてしまう気持ちを容赦なく射抜き、本当の意味での「等身大」や「自分らしさ」を見詰め直すよう促す態度は、おしゃれを超えて生き方の導き手と映ります。
『服は、あなた。』というタイトルが示している通り、良くも悪くも服は自分の「鏡」。暮らしぶりや自意識、人柄などが隠しようもなくにじみ出てしまいます。「私は生活感を服に出さないから」「服で私が分かるわけない」と思うなら、それは服をなめすぎです。「第2の皮膚」とも呼ばれるように、服は「正直」なのです。服も人生もつまりは「選択」。何かを選び、何かを選ばないという判断の繰り返しです。だから、その判断には自分がきれいに映し出されています。スタイリスト、ライフスタイルなどの言葉に共通する「スタイル」は「あの人のスタイル」だからといったことからも分かる通り、本人のありようを指し示すのです。
今回も分かりやすいたとえが理解を助けます。とりわけ興味深く感じたのは「食」を入口にした読み解きです。たとえば、冷蔵庫をワードローブに見立てたのは、秀逸なアイデア。冷蔵庫の中身を把握し、足りないものだけを補充し、余り物を上手に生かして調理できる人は、ワードローブの構成もしっかりしているという指摘には納得させられました。私はうっかり冷蔵庫の中の食材を腐らせてガッカリしてしまうことがあります。それは服をタイミングよく着られなくて「腐らせて」しまうことと同じです。料理のアレンジテクニックは服の着回しに通じるというのもうなずける説明でした。食習慣は服にも表れるという考察は、読み手の健康にまで目配りが行き届いています。
恋愛や結婚に関する言及が多い点もこれまでとは違って、興味深いところです。世論調査を見ると、恋愛や結婚についてネガティブになっている人が男女ともに増えているようです。ファッションは色恋の道具ではありませんが、人生にうるおいをもたらす点では通じ合うところもあります。距離を縮め、理解を深めてはじめて「仲良く」できるのも、人生の相棒とおしゃれの相棒に共通する点。やさしく真剣な助言がもらえます。ファッションでは「運命のワンピースの見つけ方」「買い物中に値段のタグはすぐ、見ない」など、服選びから着こなしまでアドバイスが詰まっています。
男性読者が読んで参考になるというのも、本書の新しい特長と言えそうです。女性のおしゃれ観がつかめるだけではなく、中段以降に書かれている恋愛と結婚に関するアドバイスは性別を越えて指針となるでしょう。そもそも政近さんのパーソナルスタイリストとしての顧客にはエグゼクティブ男性が大勢いて、男性の心理も十分に把握しています。ご自身の体験も随所に写し込んで説得力を高めていて、大切なことに気づかせてくれるきっかけとなりそうです。
墨書のお手紙が今回も本に添えられていて、その筆遣いからも政近さんのパッションや誠実さが伝わってきます。一般的にはほとんどの挨拶文がプリントアウトされた定型のフォントである今、「丁寧に生きる」を自ら当たり前のこととして体現しています。『服は、あなた。』というタイトルを「服は、わたし」と置き換えてみると、本当にそうなっているのか、服から見て「私」はどう映っているのかなど、このタイトルの投げかける問いかけが次々と浮かび上がり、背筋の伸びるような気持ちになりました。
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