世界的なテキスタイルデザイナーの須藤玲子氏と、須藤氏が率いるデザイン会社「NUNO」の活動を幅広く紹介する展覧会「須藤玲子:NUNOの布づくり」が2024年5月6日まで、茨城県水戸市の水戸芸術館の現代美術ギャラリーで開催されています。ファッションや布、デザイン、工芸などに興味のある人にはぜひおすすめしたい展覧会です。
先日、水戸を訪ねました。茨城県は須藤氏の故郷(石岡市出身)でもあります。須藤氏は東京造形大学の名誉教授で、毎日ファッション大賞の選考委員も務めています。僭越ながら、私も同じ選考委員を務めており、年に数回、ご一緒させていただいています。
須藤氏は日本の伝統的な染色技術に学びつつ、現代の先端的な技術を組み合わせて、布の表現を広げてきました。ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館など、海外各地の有力美術館が作品を収蔵しています。今回は長い創作キャリアを一気に振り返ることのできる、貴重な機会です。
世界を巡って、高い評価を受けてきた展覧会です。最初は2019年に香港のCHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)で開催。以後はイングランド、スコットランド、スイスを経て、国内では丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で巡回展が開かれました。
素材にまでさかのぼる、革新的な布づくりの秘密が明かされています。染色や織りの機材が持ち込まれて、実際の作動音も鳴り響く演出がリアル感を高めます。どのコーナーも見せ方が巧みです。来場者の視線や導線がしっかり計算されていて、心配りが行き届いています。
「古裂」のコーナーから始まる展示では、膨大な種類の図案・モチーフが披露されていて、須藤氏の創造力の豊かさに圧倒されます。色のほうもバリエーションが多彩で繊細。日本の伝統的な中間色の奥行きを再確認できるのもなかなかできない眼福の体験です。
廃物利用した「きびそ」は、蚕が繭をつくる時、最初に吐き出す糸で、太すぎたりよれたりするので、織り糸として使われなかった素材です。家畜のえさや化粧品などに使われたそうですが、この素材を織物として活用しようとプロジェクトがスタート。「きびそ」には保湿性、吸湿性、抗菌性などがあり、無駄なく使える可能性があるサステナブルにもつながっています。
「ケミカルレース」技法は和紙の縁をスライスして1枚の布をつくる「紙巻き」布。ピンタック織り「織り紙織」は山と谷を創り出した後に熱で縮んだ糸を取り除いて仕上げる技法です。
和紙プリント「アマテ」は世界各国の新聞紙をオーガンジーに接着する実験的なテキスタイル。NUNOのアマテは艶やかなベルベットを基布に、和紙を接着。動物の皮革のような仕上がりになるそうです。
ニードルパンチの「糸乱れ筋」は、ササクレ針でつくられた「剣山縞」と名付けた生地で、ニューヨーク近代美術館のデザインコレクションに選定されました。そこから発展し、ふわふわの羊毛糸から作り上げる、織物でも編み物でもない布地「糸乱れ筋」が誕生しました。
生地に手で触れることのできる「NUNOの触って布」コーナーも用意されています。ステンドグラス、ロールアップパッチワーク、すけすけスイング、つぼつぼなど、ユニークな名前が付いているので、布をめくる前に「どんな名前かな?」と、クイズ形式で考えたくなるほど面白かったです。すべての布に触れて、指先からも作品を味わえました。ほとんどの展示室で写真が撮れるのもうれしいところです。
素通りしないでほしいのは、工場の映像コーナーです。作用工程が丁寧に撮影されていて、まるで実際に現場に立って、作業工程を脇で眺めているかのように感じられます。映像の構成やアングル、編集などが見事です。複数の短い作品がつながって上映されているので、時間の余裕を持って、すべて見ることをお勧めします。
展示フロアには代表作が集められていて、実物を通して知る創作全集のようです。偉大なテキスタイルデザイナーの新井淳一氏と共に「布(現在のNUNO)」を1983年に立ち上げて以来の40年を超えるクリエーションの厚みと深みを感じ取れます。長年の功績が評価されて、2024年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞したのは、記憶に新しいところです。
「NUNO」のプロジェクトは国内各地の工場・職人と手を携えて、作品を生み出してきました。今回の展覧会ではそうしたものづくりの現場にフォーカス。手仕事技の奥深さを印象付けています。出来上がった「作品」だけが展示されることの多いアート展では見落とされがちな、創造の「現場」をうかがい知ることができるのは、工場・職人への敬意が深い須藤氏ならではでしょう。
代名詞的なモチーフの「こいのぼり」が屋外スペースで泳いでいます。展示空間でもダイナミックな群泳を披露。おおらかで伸びやかな気持ちに誘われます。見どころが多いので、この展覧会はぜひ、じっくり時間を掛けて巡ってほしいと思います。
最後に立ち寄ってもらいたいのは、館内のミュージアムショップです。「NUNO」のストールをはじめ、多彩なモチーフの関連アイテムが用意されています。大判のストールは服のような感覚で装いにグッドセンスを添えるのに役立ちそうです。
JR東京駅から常磐線特急で1時間ちょっとで水戸駅に着くから、意外に行き来は楽です。温泉や食事も楽しめる街なので、ショートトリップ気分で出掛けてはいかがでしょうか。私も展覧会を軸に、温泉、食事も楽しみに行き、五感がくすぐられる春の小旅行を味わいました。
・須藤玲子:NUNOの布づくり
会期 2024年2月17日(土)~ 5月6日(月・振休)
休館日 月曜 祝日の場合は翌火曜日
会場 水戸芸術館現代美術ギャラリー、広場
https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5252.html