◆「H&M Foundation×HKRITA」の繊維リサイクルに注目
H&Mの香港リポート第2回はラボ(研究所)訪問編です。サステイナビリティ(持続可能性)戦略を担う、研究開発の現場を体験できるという貴重な機会となりました。(プロジェクトの概要を紹介したリポート第1回はこちらをご覧ください。)
今回、メディア向けに公開されたのは、香港に拠点を置く、繊維・アパレルの研究開発機関の「HKRITA(香港繊維アパレル研究開発センター、The Hong Kong Research Institute of Textiles and Apparel)」。H&Mの非営利財団、H&M Foundation(ファウンデーション)はHKRITAとの間で4年間のパートナーシップを結んで、リサイクルテクノロジーの開発に取り組んできました。
HKRITAは2006年、公的資金を受けて創設された研究機関です。香港特別行政区政府のイノベーション・テクノロジー基金(ITF)が資金を援助している機関の一つだそうです。様々な研究に取り組んでいるHKRITAですが、H&M ファウンデーションとのパートナーシップ事業では繊維リサイクルの可能性を広げる研究プロジェクトを進めています。
◆私たちの服の多くは混紡布地 その繊維を分離するのは難しい
一般的には企業が研究機関に研究開発を依頼する場合、その企業のビジネスに直接的に役立つ成果を期待されるものです。スポンサーになるわけですから、当たり前の話です。ところが、H&M ファウンデーションとのパートナーシップでは、HKRITAはもっと広い意味での成果を求められています。ファッション業界のサステイナビリティに幅広く有益な技術開発にHKRITAは取り組んでいて、その分かりやすい成果が今回、お披露目された、混紡繊維の分離技術と言えます。
第1回でも触れましたが、繊維のリサイクルはそう単純な話ではありません。回収した古着をそのまま再流通するなら、あまり手間はかかりませんが、繊維素材にまでほぐして別の商品へ作り替えるには、ポリエステルやコットンなどの繊維ごとにしっかり分類する必要があります。
しかし、実際に出回っている衣料品の多くは混紡素材から作られています。とりわけ、コットンとポリエステルの混紡は私たちの身近な素材で、みなさんのワードローブにも何枚かは綿・ポリの混紡物が見つかるはずです。この混紡は着心地や通気性などの面で重宝するのですが、分別、仕分けには不向き。リサイクルを難しくする原因の一つとされてきました。私も今回の訪問まで、このような事実を知らなくて、詳しい説明を受けたおかげで、改めて実態を理解できました。
◆ファッション市場に革命!? HKRITAの新技術
ところが、2017年4月、この混紡を分離するという画期的な技術の誕生がHKRITAから発表されました。ごみとして廃棄するか、カーペット類に転用するかぐらいしか選択肢のなかった混紡繊維を、新しい別の衣服に仕立て直すという「服から服へ」のリサイクルにつながる技術が生まれたわけです。
混紡に関して、もう少し補足します。コットンとポリエステルといった混紡の衣類はそのままでは別の商品に生まれ変わらせることが不可能です。現在のリサイクル技術は単一の素材にしか対応していないからです。これまでは混紡衣料はせっかく回収されても、そのままごみ廃棄場に運ぶか、衣類ではない商品に転用するしかありませんでした。
衣類以外の使い途には断熱材、敷物などがありますが、衣類よりは格段に価格が安くなってしまいます。ざっくり言うと、洋服をリサイクルすると、繊維の質が落ちるので、洋服には作り替えることができない。つまり、洋服ではなく、もっと質の落ちた、カーペットやタオルなどに変身するわけです。しかも、その先がないので、結局はごみになるしかありません。つまり、望ましい循環型のサイクルには乗せにくかったのです。
◆研究開発の現場で最新のリサイクルテクノロジーを見学
香港での取材では、概要のレクチャーを受けた後、私たちは車でHKRITAの研究所に向かいました。テクノロジーの研究所と聞くと、殺風景な建物を想像しがちですが、到着したHKRITAは敷地内に緑が多かったのに加え、周りには居心地よさげなカフェも併設されていて、開放感もあり、「ラボ」という堅苦しいイメージとは別物でした。
開発にまつわる話を聞くと、画期的な技術が生まれた背景やいきさつが分かってきました。今回の混紡分離の研究にあたっては、生物化学的なアプローチが効果的だったそうです。素材を分離するには遠心力を使ったり、薬剤を使ったりする方法がありますが、今回の混紡分離では生物化学的な手法と熱処理の技術を組み合わせたテクノロジーが成功につながったようです。近頃はカビや酵素といった微生物の働きを生かした技術開発が進んでいて、今回の成功もそういった成果の一つと見えます。
具体的にはコットンとポリエステルの混紡素材からポリエステル繊維だけを再利用できる状態で取り出すことが可能になりました。これはかなりインパクトの大きい発明です。混紡の代名詞的な素材だけに、流通している分量は相当なものだからです。混紡のウエアを分離して、ポリエステル100%の服を新たに製造する道が開かれたわけで、「服から服へ」の理想的な循環型リサイクルに大きく近づいたと言えるでしょう。
混紡布地製品のリサイクルがついに実現したことは、廃棄物ゼロの「100%循環型ファッション業界」を目指すことにおいて飛躍的に前進したと言えます。今後、世界中のアパレル業界市場での実用化に向けて、大きな手がかりが得られたと考えられます。
◆グローバルな感覚や自由な発想が成功へ導く
2006年に発足したHKRITAでは、以前から生き物に関連した研究が盛んだったと聞きました。今回、お土産で頂いたハンカチのパッケージには「crabs(カニ)、lobsters(ロブスター)、shrimps(エビ)」と書かれていて、これらの甲羅を再生して繊維に変えた糸で織られています。これまでのリサイクルは、回収した衣類を細かく裁断するといった機械的なアプローチが主流でしたが、生き物の力を利用するという生物化学の発想を取り入れることによって、ブレークスルー(課題解決)が実現しました。
かつて英国が管理していた香港は、開かれた研究環境があるのに加え、グローバルな人材の行き来が可能で、世界中から多彩な研究者が集まる場所。自由な発想に基づく実験を試しやすい研究所だったことが成功につながったようにも思えました。
最終回となる第3回では、キーパーソンであるエリック・バン(Erik Bang、H&M ファウンデーションのプロジェクト・マネジャー)さんとエドウィン・ケー(HKRITA代表)さんにインタビューをした内容をお伝えします。お楽しみに。
~関連記事~
(第1回)
◆リサイクルとサステイナビリティの違いって? なぜ必要なの? 「H&M」香港ショールーム訪問編
https://riemiyata.com/work/19404/
(第3回)
◆「衣服サステイナビリティ」の将来性を聞く 「H&M Foundation×HKRITA」インタビュー編
https://riemiyata.com/work/19776/
H&M Foundation
http://hmfoundation.com/