ファッションブランド「matohu(まとふ)」の堀畑裕之デザイナーが初めての著書『言葉の服 おしゃれと気づきの哲学』(トランビュー刊)を世に出しました。7月25日にmatohu 表参道本店で出版記念パーティが開催され、お邪魔してきました。堀畑さんから著書にサインをしていただきました。ありがとうございます。
朝焼けのグラデーションをイメージしたという表紙カバーに心がなごみます。カバーをはずしても楽しめる、丁寧な装丁が施されています。本を読んでいる間、丁寧にページをめくりました。いつもは、気になる文章があると、折り目をつけたり、ペンで書き込んだりするのですが、今回はそんな気持ちになれませんでした。今回の著書を読んで、感じるところが多かったので、私なりの感想を書きたいと思います。
まず、第一に挙げたいのは、文章が読みやすいという点です。本書が触れている中身は、かなり奥深く、タイトルにある通り、哲学的ですらあります。それもそのはず、堀畑さんは同志社大学の大学院で哲学を専攻しているのです。ドイツ留学した経験は本書にもつづられています。哲学にも似た考察が集められているにもかかわらず、スムーズに読めるのには驚きました。
堀畑さんの表現がかみ砕いてある理由は、本書に収められた文章の多くが、新聞や雑誌に寄せられた文章だからでしょうか。朝日新聞に寄せたコラムも収められています。ファッション業界人でなくても、予備知識がなくても、スムーズに読み進められるでしょう。伝え方までも丁寧にデザインされているのです。「matohu」の服づくりに通じる誠実さがうかがえます。
実は堀畑さんの書き手としての資質には、以前から心を惹かれていました。私が読んでいたのは、コレクション発表に際して関係者に配られるプレスリリース。堀畑さんのつづった文章を読めるのは、来場者だけの特権のようなもので、私にとっても秘かなよろこびでした。毎回、紙質やフォント、体裁などにも目配りを利かせた、数ページの「本」を読むたびに、この後、ランウェイでどんな作品が披露されるのかがいっそう楽しみになるのが常でした。
第二にすごいと感じたのは、本当にファッションを考え抜いているところです。日本では誰もが「同じような服」を着ていることに疑問を感じないまま、日々を過ごしています。もちろん、個別には違いがあるわけですが、「洋服」とくくってみれば、今の日本ではほとんどの人が洋服で過ごしているはずです。そこに疑問を感じる余地がないほど、当たり前の状況ですが、堀畑さんは立ち止まります。そして、考える。その思考プロセスをきちんと再現し、言葉で追体験させています。
マーケティングの時代ですから、ファッションの世界でもリサーチや数字が欠かせなくなりました。しかし、「matohu」が大切にしているのは、「志(こころざし)」や「美意識」だと感じます。別の言い方をすれば、「時間」でしょうか。「歴史」とも言えるかもしれません。長い時の試練に耐えうるだけの美や価値を宿しているかどうかを、クリエーションの根っこに据えている点で、他ブランドと立ち位置が異なります。
ブランドの立ち上がり時期から見続けてきて、日本の歴史に根差した美意識から出発する態度にはぶれがないと感じます。腰の据わったクリエーションを象徴する存在が「長着(ながぎ)」。シグネチャーと呼べるこのアウターは、どのシーズンでも必ず新作が用意されていて、「matohu」の「背骨」になっています。本書では堀畑さん自身の言葉で、「matohu」の「軸」が語られています。哲学的に考え抜かれているからこそ、創作の原点として常に立ち返ったり、服づくりに写し込んだりできるわけです。
第三に本書の特長として挙げたいのは、デザイナーが自らの言葉を通して、着る人と対話しようとする姿勢です。哲学者を目指したという堀畑さんは言葉を橋渡しに使える、希有なクリエイターだと感じました。本書では創り手のポリシーや着想源などがエピソードを交えて語られていて、「matohu」というブランドを理解する助けになります。ブランドの解説書に終わっているのではない点も堀畑さんならではです。
興味深い視点があります。たとえば、料理とうつわとの相性のように「服は、人のうつわ」としてとらえてみるという考え方。また、全く別の使い方をすることによって、新しい価値を生み出す「見立て」という技法。堀畑さんは行きつけのレストランでもらったグラッパの空き瓶を、表参道店で一輪挿しに見立てて使っているそうです。
副題に「おしゃれと気づきの哲学」とあるように、「matohu」とは関係なく、一般的なおしゃれに関しても、たくさんの「気づき」がもらえます。なぜおしゃれをするのか、本当に自分が好きな装いとは何かといった、日頃はまず考えない、根源的な問いと向き合うチャンスが用意されているからです。オープンマインドな発想から、自分らしいファッションを考え直すきっかけを得られそう。後半は哲学者の鷲田清一氏と、京都の街を歩きながら対談しています。
自分に似合うと思える装いを見付けられない「ファッション迷子」がしばしば指摘されますが、原因の一つは「自分スタイル」の不在でしょう。年齢を重ねるごとにいろいろなタイプを「卒業」していくような、服との付き合い方を改め、自分なりに筋の通った「スタイル」を手に入れるうえでも、本書は貴重な気づきをもたらしてくれるはずです。
matohu
https://www.matohu.com/
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